2009年7月 1日 (水)

うどんの食べ方

今日はうどんの食べ方を紹介しましょう。

ゆで時間は太さによって異なりますが、中ぐらいの太さで15分から20分ぐらいでしょうか。

大なべでぐらぐらとゆでてください。

ご家庭の鍋では一度にやろうとしないで、少しずつ茹でたほうが良いかもしれません。

最初は芯がはっきり分かるのですが、だんだん見た目で分からなくなってきますので、一本箸でつまんで、冷水でよく冷やしてください。

そして食べてみて、芯が気にならなかったら合格です。

くれぐれも言っておきますが、「こし」が市販のものとは段違いなので、これがふにゃふにゃになるまで茹でようなどとは思わないでください。

うどんをゆでている間に、次のものをどっさり用意してください。

きゅうり、かまぼこのほそ切り。

わけぎ、みょうが、大葉のみじん切り。

大根おろし、しょうがのすりおろし。

てんかす、すりごま。

めんつゆは市販のもので結構です。ただし、良いものを選んでください。

うどんが茹で上がったら、ざるにあけて水道水をかけて一気に冷やします。

ある程度さめるまで、さわらないでください。

そして、大きな容器に水をたくさんためて、その中でうどんをよくもんでください。

これを2~3回繰り返して、つやつやのうどんの出来上がりです。

うどんをお椀に入れて、先ほどの薬味をどっさり加え、その上から冷たい汁をかけて召し上がりください。

うどんはクール宅急便(冷蔵)でお送りします。

打ってから冷蔵であれば4、5日、冷凍すれば1ヶ月は保存ができるそうです。

会社のほうへお送りさせていただきますが、7月4日に発送しますので7月5日頃つくかと思います。

勝手ながら都合により取りやめになることもありますので、あらかじめ失礼をお詫びいたします。

また、そちらのご都合が悪い場合はまことにお手数ですがご連絡くだされば幸いです。

初めてのことですが試しにやってみますので、酔狂にお付き合いください。

以下個人的な連絡。

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2008年8月27日 (水)

アイスランド(その2)

日本に帰ってきました。やっぱり時間が解決。

質問は2つありましたが英語がわからないということもなく答えられた。

それにしても久しぶりに緊張したな。発表は最終日だったのでとても疲れのだ。

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会場のそばの公園からレイキャビクの市外を望む。とてもこじんまりとした街だ。

向こうへ行った最初の日は時間があったのでレイキャビクの町をうろついく。

近くに教会があって、ちょうど今日パイプオルガンのコンサートがあるというので夜出かけた。

さぞかし優雅なことと思うであろう。しかし始まるころになると、風邪を引いていたためか頭が痛くなってきた。

さらに、パイプオルガンというとバロック調の荘厳な曲を連想するが、この日は前衛的な曲の構成だったらしく、気味の悪い不協和音が鳴り響くのである。

気持ち悪くなってきた。た、たすけてくれ~。きっと、普段の行いが悪いので罰が当たったのだ。

しかし、一緒に行った人も「はきそうになった」というので、あながち私が悪いだけではないらしい。

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これがそのパイプオルガン。休憩の後の後半はきれいな曲になって一件落着。

終了は9時半だが、まだ明るい。白夜なのだ。街中のお店を覗くとなんとかわいらしい。

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こちらではフライフィッシングも盛んなよう。値段を見ると30000クローネ。とても手が出ませんな。白夜といってもこの季節は10時ぐらいになると暗くなる。

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通りのむこう側に見えるのが件の教会。

陽が沈むのが遅いので、夕陽は9時半から10時半ぐらいまで延々と続く。

ロマンチックな景色を見ながら口説くには最高であろう。

ホテルから撮った夕陽~夜景を最後に載せておく。

Ice01

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2008年8月19日 (火)

アイスランド(その1)

現在時刻は6時15分.

日本時間は3時15分.

仕事でアイスランドに来ている.

今度の金曜日のことだが,大勢の各国外人の前で12分間発表をし,その後質疑応答を受けなければならない.

いまから心臓がバクバクし,逃げ出したい心境だ.

しかしそうもいくまい.だって,こんな辺境で何もかも捨てて逃げ出すなんて.

まあ,事が終われば「おれって天才」なんて言っているのだから,時間が解決するのを待てばよいのである.

しばらく,アイスランド行の様子をレポートするか.

日本をたったのは8/15(土)の22時ごろである.

そしてパリの何とかドゴール(?)空港に4時ごろ着いて,乗り換え,8時ごろ出発して,11時ごろレイキャビクに着いた.

つづく(たぶん)

Imgp7448

パリの空港から撮った日の出

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2008年5月 6日 (火)

ほんの少しの決意

日付が変わってしまったが、憲法記念日に憲法とはなにか再び考えてみよう。

勉強不足の稚拙な考えをわざわざ披露するには及ばないのですが、自戒を込めて。

憲法とは我々国民が守るべき(守らなければならない)ものだと勘違いしていないか?

はっきりしておかなければならないのは、憲法は国政をつかさどるものが守るべき規範であること。

この国を動かす政治家や官僚が勝手なことをしないように定めたものである。

国民は憲法を通じて為政者の行動を縛っている(いまの政治家たちは詭弁を使ってこの縛りをなんとかはずそうとしているような気がする)。

日本という国がどうあるべきか、我々が直接的に憲法を通じて定めていることにもなる。

必要であれば憲法を改正することもあるだろう。

だけど、それは我々一人ひとりが十分に考えた上で行わなければならない。

それほど憲法とは身近なものであり大切なものであること忘れてはならない。

我々の子孫が安全に暮らせるよう、環境問題を全地球規模で取り組まなければならない事態になっている。

そこには戦争などという争いをする余地はないことに早く気がつかなければならない。

戦争を放棄した日本国憲法を誇りを持って守り育てて行きたいと思う。

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2008年4月28日 (月)

うららかな陽気

これなんだかわかりまか?

Mejiro_2

庭の木に宿したメジロの巣です.去年のものですが.

初夏になって,鳥たちのさえずりが一段とにぎやかになってきました.

今日(日付変わり昨日)は,同じ木にシジュウカラのつがいがやってきておりました.

ちなみに,こちらは庭で遊ぶ,うさぎの”はな”です.毛の生え変わりの時期であるためゴワゴワになっております.

Hana01_2

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2008年1月15日 (火)

君と一生一緒だよ

小1の娘を毎晩のように寝かせ付けるが,そのときの会話がおもしろくても結構忘れてしまうので,時々は記録しておこうと思う.

事の発端は忘れたが,何かの調子に,一生一緒に寝ることになるぞという言葉が出てきた.

「え,いいの?じゃ,パパはさやかと一生一緒に寝ようっと」としつこく言っていたら,真に受けて心配になったらしく,それはダメだダメだと言い出した.

「なんでダメなんだ?」と聞いたら,

「だって,パパはさやかより先に死ぬんだよ」と言うではないか,おかしかったが,もっともだと思った.

「それに,パパがおじいさんになったら一緒には住まないんだよ」

「なんで」

「だって,ジャマだもん」

なるほど,それが本音か.

「そのときはハナちゃん(飼っているうさぎ)もいないんだよ.ワンちゃんはいるけどね」

最近,犬を飼いたいと言い出したが,ハナがいるのでダメだということになっている.

娘もハナをかわいがっているので一応納得はしている.

しかし,このクールさ.いや~,女は怖いね~.

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2007年11月18日 (日)

紅葉とcats

出張ばかりで,休日も家にいないことが多いので,久しぶりに休みを取って出かけた.子供は,行事の振り替えと,県民の日で学校は休みになったからである.

11月12日 茨城県の大北渓谷と福島県の滝川渓谷へ行ってきた.今年は色づき始めるのが遅いようでまだちょっと早かった.滝川渓谷は手軽なトレッキングコースになっており,次回は時間をかけてゆっくり巡りたい.

写真は滝川渓谷.セルフタイマーに間に合わない私とそれを見ている家族.後頭部が薄くなっているのが気になるところ.

11月13日 子供たちを東京へ連れて行く.まずTXで秋葉原へ.私は五反田へチケットを買いに.戻ると秋葉原の喧騒にうんざりして早々に喫茶店で休んでいた.

お昼はなんとかベイという竹芝桟橋のところにあるホテルでランチバイキング.レインボーブリッジを見ながら東南アジア系の料理をいただきました.まあまあかな.長男はこのバイキングをそれは楽しみにしていた.

食事の後は上野の国立博物館へ.ここは何十年ぶりであったが,あまりに様変わりしていたのでびっくり.大人も子供も十分に楽しめる.そして半日ではとても回りきれない.次回ゆっくり見にくることにする.それにしても,移動や何やかやでこの時点でもうへとへと.

しかし,これからが本日のメインイベントなのだ.午後6時に五反田のcats劇場へ.中へ入って,舞台の様子にびっくり.舞台が始まってもっとびっくり.catsにするかライオンキングにするか迷ったのだが,妻に一番に楽しんでもらいたかったのでこちらにした.妻と小5の子供は大喜びでよかった.しかし,疲れていたこともあって小1の娘にはちょっときつかった.私は?どうでもいいやと思っていましたが,見てみると実に面白い.正直言うともう一度行きたい.くたくたになって11時ごろ帰宅.五反田から自宅まで娘はずっと抱っこでした.子供たちにとって,東京もミュージカルも初めてのことでした.どのような体験だったのだろうか.

私は明日から長崎へ1週間の出張だ.そして来月は久しぶりにサンフランシスコだ.それらの準備で忙しい.あっという間に年末だ.

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2007年9月 4日 (火)

去り行く夏

本日,二つ目の記事.

このメールが届き,私は恐怖のどん底に突き落とされた.

日本●●学会誌 特集「●●の●●●」

執筆者各位殿

 ●●様 ●●様 ●●様 くま様 ●●様

●●です。標記原稿の件に関しましては大変お世話になっております。

原稿のご準備を頂いていることと思いますが、投稿カードおよび原稿等は9月18日までに、日本●●学会誌投稿規定に従って、日本●●学会編集委員会(〒     東京都●区 ●●●     )までお送り頂ければ幸いです。

うっそ~,12月じゃなかったっけ.あわわわ.うひ~,うひ~.夢なら覚めてくれ.

今月はもう1つ締め切りがあって,9月7日の9時0分だ.なんでそんな中途半端なのかというと世界標準時で9月7日0時だからだ.どうでもいい~.この締め切りで精一杯だ.

10日から12日までと15日から21日までとたてつづけに出張があるのだ.その準備が...

こんなときは,うさぎちゃんのおめめになって,ひたすら時が過ぎゆくのを耐えるのだ.

みておれ.21日以降になれば,「おれって天才!」ていう気分に絶対なってやる.うひ~.

そんなことより,表題の件だ.このビデオ,自作です.ダウンロードしてからみるべし.忙しいのに何で?なんて言わないでください.これが私の生き方なんです.

「asagao.wmv」をダウンロード

ついでにこれが撮影風景です.

Dsc00371

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2007年6月13日 (水)

前言撤回

今週末は研究集会があって,その発表準備のため大忙しだ.といっても,この年になるとペースがわかっているので無理をすることはない.

もう20年も前のことになるが,学生の頃はギリギリまで粘るので,毎回,間一髪の綱渡りだった.当時は,研究室の横に暗室があって,発表用のスライドは自分たちで作っていた.フィルムを作り,原稿をカメラで撮り,現像をしてマウントしていたのだ.この20年で,スライドからOHPに変わり,今では,パソコンのプロジェクターだ.世の中,変わったもんだ.

ギリギリまで原稿を作っているので,そのスライド作りは,必ず夜通しの作業となった.うさぎちゃんのおめめになりながら朝を迎え,発表の時に至る.あんまり忙しいときには,確認をする暇もなく,一発本番だ.最初に光を当てるまで,スライドはやや緑色に曇っている.そのため,一発本番のスライドは,スクリーンに映ったとたんに「ぱーっ」と曇りが晴れる.そんなときは「おーっ」っと会場がどよめいたものだ.

最長不眠記録は72時間ぐらいだった.そこまでいくと,幻聴が聞こえる.救急車のサイレントとか祭り囃子が,遠くからエンドレスで聞こえてくるのだ.手はぶるぶるに震え定規を当てても,線がまっすぐに引けない.あ,そうだ.当時はロットリングという製図用ペンで図版を手書きしていた.今のようにドローイングソフトなどなかったのだ.

ちなみに,わたしの修論は手書きだ.提出期限など無視して粘っていたので,教授会のギリギリまで書いていた.あわてて階段を駆け上り,廊下で待っていた指導教官にリレーのバトンのように手渡したものだ.指導教官はそれを持って論文審査会場に入ったが,あんまりあわてていたので,ところどころ誤字を修正液で白く塗りつぶしたままの虫食い論文だった.私の教官は,その論文の審査が始まるまで,会場の中で必死に文字を書き込んでいたのだった.できの悪い教え子でごめんね.

今でも,発表準備が間に合わないという夢を見る.もうすぐ自分の番だというのに,スライドができあがっていないのだ.「あー,もうだめだ!」というところで目が覚める.そして,つくずく夢で良かったと思うのである.あのころに較べれば,いくらでもごまかしがきくようなご身分になった.でもギリギリ癖は相変わらずだ.今は,息抜きでこの文を書いているが,実のところ発表用のパワーポイントファイルを作りながら,この期に及んで同じパソコンでデータ解析の大規模計算をしているのだ.パソコンちゃん,がんばってね.

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2007年5月 6日 (日)

この国のかたち~憲法記念日に際して~

未熟で不完全でかつ独りよがりな意見だろう。

普段から政治には無頓着だ。

しかし、なにかとてつもない不安を感じるこのごろである。

少し遅くなってしまったが、自戒を込めて、考えねばならぬことをこの機会に記録することとする。

 

人間は一人では生きてゆけない。

生活する上で様々な共同体が形成されるが、そのもっとも特徴的なものが国である。

歴史的に見れば国とは権力者がいることにより形成されてきたものであろう。

そこでは支配するものと支配されるものとからなる。

その関係において、支配するほうは権力欲を満たし、支配されるほうは支配者に貢献することによって国から恩恵を受けてきた。

しかし、市民革命などを経て国の形そのものが変革し、現代において、国は権力者が造るものではなく”国民”が造るものとなった。

そして、機能上、一部の権力者達が国の実際的な運営を司るが、その行動を国民が常に監視しコントロールすることになっている。

日本国憲法の制定から60年がたち、憲法改正の議論がが湧き起こっているが、若者を中心にして無関心な人間が多いような気がしてならない。

これは大変危険なことである。

なぜなら、ほとんどの人が忘れているが、日本国憲法はまさしく権力者の行動を制限するために、それをきちんと明文化するために設けられたものだからである。

したがって、憲法は権力者をコントロールするために国民がつくり、それを行使しなければならない。

現在の日本国憲法は(自分たちを制限するものであるから))権力者にとってはなにをするにしても大変都合の悪いものになっている。

そこで、現在の総理大臣をはじめとする与党の権力者達は、国民が無関心なのをいいことにこの原理をすり変えようとしている。

彼らが述べていることをよく聞けばわかるが、”美しい国、日本”をめざして、国民が守るべき規範として憲法を定めようとしているのである。

その考えの根底にあるのは、国民は国(=権力者)から様々な恩恵を被っているのだから、国(=権力者)に貢献するのは当たり前であり、そのためにどのような責任を果たすべきかを法律で縛り付けなければならない、という概念である。

総理大臣は良識ある人だからそんなことを考えるはずはないと思う人は平和ボケしているだけだ。

あの人が必ずそうだとは言わないが、過去においてどんなファシストも、圧倒的な支持をうけて登場していることを忘れてはならない。

権力のある立場にあると失ってしまうものがある。

常にその可能性があることを我々は警戒しなければならない。

美しい国を再生するために、国民は国の言うことをよく聞き協力しなければならないというやりかたは、今はいいかもしれない。

しかしそれは、いずれコントロールを失い腐敗した権力により全体主義に陥る可能性をはらんでいること、それが歴史的必然であることをすべての人が認識しなければならない。

もし、憲法が国民の守るべき規範になってしまったらどういうことになるか。

権力者をコントロールするべき力はもはやなくなり、国民は一方的に様々な制約を国から押しつけられることになる。

例えば”悠久の国、日本”を守るべきもの、として国民は戦争にかり出され、犠牲を強いられる。

戦争で命を落とすのは常に国民であり決して権力者ではない。

ここでいう守るべき国とは国(=権力者)であり、国(=国民)ではないことに注意しなければならない。

本当に守らなければならない”愛しいもの”は国(=権力者)ではなく、我々の身近にいる家族である。

愛しいものを守るためには、私たちが国民として主体的に日本という国を造っていかねばならない。

そのためには憲法というものを正しく理解し、尊重しなければならない。

それを改正するのであれば、国民が積極的に関わらなければ意味がない。

権力者によって一方的になされる憲法改正などは絶対にしてなならないことだといういことに気がつかなければならない。

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2007年4月25日 (水)

フランス人のおじさん

わたしの知ってるフランス人のおじさんははっきりいってクレイジーです.日本酒が大好きで,飲み屋に連れて行くと「さけ,さけー」とうるさいです.

このおじさんは危険をものともしないので,以前噴石にあたって大怪我をしたことがあります.

このあいだ島に調査に言ったときは,波が荒くて船が接岸できず,岸から離れて立ち往生していました.すると,そのおじさんは荒波に飛び込み岸まで泳いで上陸したのです.そして,みんな何やってんだ早く来いと,むこうで手招きしているのです.そのとき俺らは,このおじさんおいて帰えっちゃおうと船の中で相談していました.

それでも,フランスのなんとかっちゅう研究所の偉い先生なのです.今年の5月にイタリアに行ったときはエトナ山という山に登ったのですが,このおじさん達と一緒でした.そのとき大きめのタッパーにたくさんの手作りのチーズを持ってきて,ごちそうになりました.山の上で食べたそのチーズのおいしかったこと.名前は忘れてしまったのだけど,それもやぎの乳から作ったって言ってました.

今度,このおじさん相手にフランス語使ってみようかな.たぶん日本語でしゃべれって言われるだろうな.

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2007年4月10日 (火)

初登校

昨日は娘の入学式だった。そして今日は、登校班での初登校だ。

班の編制替えがあるので明日までのようだが、班長は新5年生の息子だ。

今朝はお見送りをし、二人の登校の様子を見届けた。

    

こういう節目ではどうしても感慨にふける。子供達も大きくなったな。

小学校に入ると、とたんに大人びてくるような気がする。

もちろん成長してもらわないと困るが、親としては、いつまでもかわいい子供でいてもらいたいという気持ちもある。

子供の成長はうれしいが寂しいことでもある。それは時間の経過のバロメータでもある。

子供がだんだん親の手を離れると、それまでかかりっきりだった母親は手持ちぶさたになるそうだ。

子供達を見送ってから出勤する前に、女房に聞いてみた。「犬でも飼ったらどう」

そしたら働いてみたいということだった。

いずれ、子供は独立するので、二人の生活に戻るときがくる。しかし、それはまだずいぶん先の話だ。

   

これからまだまだ、いろいろなことが起こるだろう。

親は、ときには、自分のことを忘れて子供を叱らなければならない。

そしていつも、果たしてこれで正しいのだろうか?と自問し、不安に駆られながら家族を引っぱらなければならない。

それは親になってみないとわからない辛さだ。

そして思いもかけない楽しいこともあるだろう。

私は家族に囲まれ、とてもドラマチックな人生を送っていると思う。それに較べればテレビのドラマなど安っぽくてこれぽっちもおもしろくない。

平凡で地味かもしれないが、自分の人生にとても興奮しながら日々を送っている。

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2007年4月 5日 (木)

クマのおはなし

山には良く行くが不思議なことに熊にあったことがない。これだけ山に登っている人間はたいていどこかで熊を見かけているものだが、そんなこともない。ただし、どこからかじっと見られているような気配を感じたことは何度もある。”きこり”だったおじの影響で熊鈴やラジオは持たない。熊のテリトリーに入ったときには、「ほいほーい」という掛け声とともに進む。案外、その効果があるのかもしれない。

子供のころからなぜかクマと呼ばれることが多い。社会人になってからもそれが通称となり、仕事で会ったほとんど初対面の人からも「クマさん」と呼ばれることがある。女房に言わせると、口の周りがクマのぬいぐるみに似ているのだそうだ。動作がのっそりしているところも。クマと呼ばれて悪い気はしない。なぜなら、お話しの中やぬいぐるみのクマは何故か愛嬌があるからである。

それは不思議なことであるが、実際のところ、熊は凶暴である。登山者に恐れられる存在だ。熊に出会ったときにどうすればよいか?それは諸説紛々で永遠のテーマである。撃退方法も数々あるが熊にとっては迷惑な話である。

私がとある山の山頂域にこもって仕事をしていたときのことだ。山の中にこもると、世間と遮断される。自然に溶け込み野性の感覚を取り戻すようだ。ウキウキとしてくる。そんなことより、3日ぶりに山小屋の管理人が登ってきた。私の姿を見かけ話しかけてきた。

「ごくろうさんです。ところで、昨日の4時ごろ7合目あたりを熊がうろうろしていたという情報があったのですが、見かけませんでしたか?」

「見かけませんでした」

その後、いろいろ世間話をして管理人と別れてから、ふと思いだした。適当に聞き流していたが、あれ?、昨日の4時頃といえば、私が7合目のあたりをうろうろしていた時間ではないか。

まったく別のところのことである。仕事を終えて下山していた。しばらくいくと、観光客用のリフトの終点があるので、そこを目指していた。だいたいその山を登山した人間はそのリフトを利用する。私が終点のリフト乗り場に着くと、係員があわてた様子で尋ねてきた。

「熊を見かけませんでしたか?」

なんでも私の直前を歩いていた登山客が、下山中に熊が出たとあわてふためいていたのだそうだ。なんとも物騒なことである。ところが私は熊など見なかったし、気配を感じることもなかった。何かと見間違えたのではないか。そう思った。ただし、ひとつだけ心当たりがないわけではない。

最近時々思うことがある。実のところ、私は本当に熊なのではないか。

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2007年4月 3日 (火)

パンツ

昼休みにサッカーの練習をしたあと、いつものようにシャワーを浴びてぱんつを履き替えようとした。するとバックの中から現れてきたのは、息子のパンツではないか。たたんだ状態では区別がつかなくなっているのだ。ただ、ひろげると二回りぐらい小さい。

このままはいたらTバック状態である。

あきらめることにしたが、練習ではいていたパンツは汗でびっしょりだ。やむなく洗うことにしたが今度はせっけんがない。仕方がないのでシャンプーで洗うことにした。ぎゅっと絞ってはく。濡れたまま着て乾かす方法(?)を着干し(きぼし)という。登山をしているときにぬれたらこうして乾かすので、別に気にならない。

しかし、午後座って仕事をしていると、おしりのあたりがちょっとむずむずする。加えて今回は、”さわやかな香り”がプ~ンとおしりのあたりから漂ってきた。

夜娘を寝かしつけているときに、もうそろそママのベットに運んでもらえないねという。ときどき寝付いた娘を我々のベットに運んでいたからだ。

「どうして?」

「来年は2年生だから重くなるもの」

「ずっと、いつまでも運んでやるよ」

「大人になっても?」

「うん」

「大人になったときにはぱっちはおじいさんだね」

子供はどんどん大きくなる、そして親はどんどん小さくなる。

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2007年1月12日 (金)

真夜中のラブレター

こうしている間にも時間は進み,どんどんと”今”が”過去”になってゆく.私は昔から,学校の先生という職業には絶対になりたくないと思っていた.なぜなら教え子はどんどんと成長し次々と追い越されてゆく,静かにそれを見送るしかない,そういう立場,宿命にあるからだ.先日,帰省したとき,私の両親が子供たちと遊ぶ姿を見て,ふと,おじいちゃんやおばあちゃんは孫が結婚する姿を見ることはないのだなと思った.そして,私自身も子供たちにそう思われる時が必ず来る.学生のときに若いがとても厳しい教官がいて,たくさんいじめられた.でも私が成長すると不思議とうまが合うようになって,卒業してからもときどき酒を飲んだ.そんなときは懐かしくなって昔話などすると,これからの話をしろと怒られたものだ.今,その人は病にかかりもう先は長くない.でも,会ったらこれからの話をすることにしている.

40歳になってから走り始めたが,なぜもっと早くからはじめなかったのだろうと思うことがある.諺にもあるように,時には振り返ることも必要だろう.だけど,後悔をするひまがあったらこれからを考え,”今”を一生懸命に生きたい.と思うようになった.

私はいつもこんなセンチメンタルなことを考えているわけではない.このブログのようなものはなんだか分らない.何かのメッセージを伝えようとしているわけでもない.ただ、こいうものを書こうとすると不思議と内側からふつふつと湧き出してくるものがある.そしていつも堅苦しい内容になってしまう.でもこうして書いているうちに自分なりに元気がでてくる.それが私なりの表現方法なんだと勝手に思っている.

fig.1  fig.2  fig.3  fig.4   fig.5   fig.6

fig.7   fig.8   fig.9   fig.10   fig.11   fig.12

1天文単位とは地球から太陽までの距離(約1億5000万km).

1光年(9兆4600億km)は6万3300天文単位.

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2006年11月16日 (木)

教育とは

今日,教育基本法改正案が衆院で強行採決された.

三日前の日記で,なぜ子供は学校に行き教育を受けるのか?本当に教えなければならないことは何か?を問うた.その最も基本的な答えが文字通り教育基本法であろう.

この法律を読むと,起草した人の理想に燃えた決意がよみがえる.実に人間臭い,心うたれる文章だ.戦前の日本人は,教育勅語という絶対的な教えに支配されていた.この教えに盲目的に従い,隣国を侵略し,多くの人間が自らの命を無意味に失うという過ちを犯してきた.このような悲しい歴史を繰返してはならないという反省のもと,戦後の日本の国民は,個人の尊厳を重んじた民主主義国家の建設と,世界の平和と福祉に貢献することを決意したのである.ただ,その実行には新しい教育が不可欠であると考えられ,そのために制定されたのが教育基本法である.つまり,教育基本法は,世界的にもまれなわれわれの平和憲法を推し進めるためのよりどころとなるものである.こんな素晴らしい思想があるだろうか.

ところが,現在の教育は大きな問題を抱えている.多くの若者は深く考える力を失い,現状認識をする能力に欠けてしまった.その結果,国を愛する心が薄くなり(たとえば政治に無関心),伝統や文化を尊重することもなくなったと分析する.このまま行けば日本は崩壊するのではないかという危機感を抱き,教育の改革をしなければならないという考えから,教育基本法の改正作業が進められてきた.

しかし,愛国心,伝統や文化を尊重する心は強制的に植えつけられるものではないと思う.本当に改革せねばならないことは別のところにあるのではないか.そればかりか,憲法の理念を尊重するための法律という位置づけから,国のためになるような教育を進めるという位置づけに変っている.個人の尊厳よりも国益が重要であるとされているのだ.

私は,この改正が正しいのか未だ分からない.ただ,日本が進む道筋においてターニングポイントになることは確かだ.それぐらい,教育が人間の精神に多大な影響を及ぼしてきたことは間違いない.そして忘れてはならないことがある.それは,我々の先人が抱き,そして受け継がれてきた,理想の実現に向けた燃えるような決意を投げ捨ててしまうことである.さようなら,教育基本法.

以下,前文を掲載(この法律は,日本国憲法施行前の最後の帝国議会にて制定された).

教育基本法

昭和22(1947)年3月31日 法律第25号
昭和22(1947)年3月31日 施行

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朕は、枢密期間の諮詢を経て、帝国議会の協賛を経た教育基本法を裁可し、ここにこれを公布せしめる。

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教育基本法

 われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。

 われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性豊かな文化の創造を目指す教育を普及徹底しなければならない。

 ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。

以上

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2006年11月14日 (火)

ねばねば

ある火山の力学に関するシミュレーションを手がけている.その火山はそろそろ活動期に入ってもおかしくない.今日は一日かけて3次元表示用のプログラムを作った.明日までにプレゼン資料を作らなければならないのだ.しかし,3次元表示は思わしくないので結局あきらめることにした.明日は,2次元の結果を地形図とともに表示した資料を作らなければ.一日で間に合うのだろうか.月曜日の講演会の要旨も明日までだった.そもそも講演の準備をしなければ.それどころか例のやつの原稿は今月中だった.一般用と研究者用を作らなければならない.間に合うのか,ああ...ねばねば症候群だ.この悪循環からぬけださなければ.天気を見る余裕などもうない.妻よ,ごめん.子供たちよ,ごめん.いつも寝た後に帰ってくるお父ちゃんを許しておくれ.

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2006年11月13日 (月)

このままでいいのか

連日のように子供が自らの命を絶ち,それを苦に校長先生までもが命を絶つという事件を知り,憤りを感じずにはいられない.自殺の原因はいじめだという.それを聞いたとき大変な違和感を感じた.なぜ,いじめが死につながるのか分からない.

家内は「あなたは,いじめられたことがないからその辛さが分からないのよ」という.確かにそうかもしれない.しかし,いじめられたことにより人生を悲観し絶望感に浸ったとして,それがすぐ死につながるだろうか.そこに至る前になぜ彼らには逃げ場がなかったのだろうか.

いじめは昔からあったが,確かに最近は悪質で陰湿になっている.仲間はずれになりたくないために,特定の人間をいじめるのだという.個性が埋没し集団への帰属か否かのきわめて単純な価値観しか働かないように見える.自殺した生徒はその行為によってそのようなシステムへの報復を図ろうとしたのだろうか.校長先生の自殺も,生徒に申し訳なかったという動機だけでは理解できない.自ら命を絶つことによって,すべての問題にケリをつようとしたのではないか.だとしたら,自殺した生徒と全く同じ動機である.

わたしは,この一連の事件を見て,日本という国(すなわち国民)が,没個性の全体主義的な傾向に向かっているように思えてならない.そこでは勝ち組負け組みのきわめて単純な価値観しか働かない.いじめは確かに何とかしなくてはならない問題だ.だけどそれ以上に見落としてはならないのは,子供が,そして大人さえも,問題を解決するために死を選択しなければならかったことだ.

未履修問題にしても変だ.本来ならば,公平に授業を受けられなかった生徒や親が怒るべき問題であろう.ところが,授業を受けた側が不公平だと怒っているのである.もちろん,この期に及んで受験勉強の時間を犠牲にしろなどと言う気は毛頭ない.

私が言いたいのは,親にしろ,学校にしろ,役所にしろ,これらの問題に直面して,なぜ子供たちは学校に行き教育を受けるのか?という本質的な問題意識を持っていないことだ.いじめも自殺も,このような学歴最優先の社会が生み出したひずみなのではないか.もはや,学校や教育委員会や役所や政治家たちの問題ではない.子供たちに本当に教えなければならないことは何か?私たちの将来のために一人一人が真剣に考えなければならないのだ.もはや一刻の猶予もないように思える.

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2006年11月10日 (金)

くま

12時過ぎの帰宅であった.さすがに疲れた.でもだいぶ挽回できた.おまえたちにはいつもすまないと思う.疲れて筆が進まない.でもいろいろ話したいことがある.仕事のこととか,今考えていることとか.

本当に心を割って話せる人は実は少ない.人生において,そういう人とめぐり合うのは一人ぐらいか.あとは,すれ違いばかりだ.たとえ心のなかで描くその人が,自分のことを分かってくれるし,相手の気持ちも良く分かるとしても,それは希望に過ぎない.心の中で話しかけても,それはその人に話しかけているのではなくて自分に話しかけているだけだ.分かり合いたいという気持ちが強くても現実はそううまくゆかない.何を言っているか分からないかもしれないが,これは親と子であってもあてはまる.コミュニケーションを簡単に考えてほしくない.人間はどうしたら心を分かち合えるのか,それは永遠のテーマだ,と思う.

そうだ,今回はくまの話をしようと思っていたんだ.次回だな.

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2006年11月 8日 (水)

サルでもできる

今日は一体何をしたのだろう.今日ばかりではない.ときどき,ろくでもないことに心を奪われ無駄な一日を,時間を過ごしている.取り返しようのない時間を失っている.切羽詰ったとき時間は宝石のようにキラキラしたものに感じる.それなのにキラキラした宝石をどぶに捨ててしまっている.おまえは何がしたくて生きているんだ?そのために何をした?目の前に嫌なことがあったって,それはおまえの選んだ道ではないのか.甘えるな,避けて通ろうとするな.こんな日記にしたところで,他人の目は何とかごまかせても,自分自身はごまかせないぞ.今までとは違うようにしたいのであれば,この反省を忘れないことだ.それが唯一の救いだ.せっかく日記を書いてるんだ,もう二度とこんな文章を書かなくてすむようにしてみろ.

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2006年11月 4日 (土)

おでかけ

ランニングをしていたら(休日は10km走ってます),一人で自転車をこぎながら,これ以上は無理というぐらいニヤニヤにやけた中学生とすれ違った.「がんばれよ,少年」.

大洗でマイワシが釣りたいが,家族サービスも兼ねてしまえと画策し,水族館やアウトレットモールでまず妻を釣ってみた.水族館やアウトレットモールはいいが,そこに必ず釣りがくっつのは変だ.一人で行ってきたら?とつれない答え.釣れたてのマイワシの刺身は絶品なのにな~.というわけで,釣りはあきらめ,私の職場の銀杏並木の紅葉が見頃になってきたのを思い出し,お昼をもって皆で出かけた.下の写真はどんぐり拾いに熱中しているところ.その後は誰もいないグラウンドで暗くなるまでサッカーに興じた.

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2006年11月 3日 (金)

ごんぎつね

人を愛するということは純粋な精神であり,それは無条件でいかなる釈明もいらない.出会い方や,年齢差や,世間体や履歴など一切関係ない.ただ,はきちがえてはいけない.人を愛するということはその人に幸せになってもらいたいと切実に願うことだ.

今日は,息子の学校で催し物がありました.息子はごんぎつねという合唱劇をしました.家に帰ってきてから,もうごんぎつねを歌うことがなくなるので寂しいと言います.娘と二人でお風呂に入っているとき,中からごんぎつねの合唱が聞こえてきました.その寂しいと思う気持ち,大切に持ち続けてもらいたいと思います.

夕飯は我が家の定番,餃子です.皮は私が,あんは妻が心血(大げさ)をそそいで作ります.つるつるもちもちぱりぱりの皮と,一口ほおばればぴゅーとスープが飛び出すジューシーな餃子は間違いなく世界一です.子供たちも大好きです.特に娘は肉が食べられない小さい頃から餃子には目がありません.

明日の天気

移動性高気圧に覆われおおむね晴れ.ただし寒冷渦が接近するため,関東と東北南部は午後から夜半にかけて雷雨やにわか雨の恐れあり.

この寒冷渦,本日9時の衛星画像では,黄海のあたりにわずかに認められる.高層気象では500hpaの-20℃の等高線に現れている.上層の気温が低くなると不安定になるので雲ができる.この寒冷渦が発達して明日の午後日本を通過するようである.ただし,なぜ,このような温度場になっているかは不明.

高層天気図に見られるバイカル湖あたりの低気圧はそれほど発達しそうでない.よって週明けもそれほど天気は崩れないかもしれない.

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2006年11月 2日 (木)

秋本番

大洗港でマイワシ(いまや超高級魚)が釣れているという噂.3連休のどれかで家族を連れて挑戦しようかな.でも大抵噂を聞きつける頃には終わってるんだけどね.そういえば,先週は一人で鹿島港へ出かけムツを20匹ほど釣ってきました.ムツも実は高級魚.刺身と煮つけで食べました.妻は,あまり食べないんだけど,この煮つけはおいしいおいしいと3匹も食べました.めずらしいことだ.

天気

日本列島高気圧に覆われ晴れ.ただし北日本は夜に前線が通過するので一時雨の可能性あり.

天気図は本日9時のもの.高層天気図に注目.バイカル湖西方に低気圧性の渦あり.週明けにはこれが日本列島にやってくるので天気が悪くなるであろう.

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2006年10月31日 (火)

しもかぶり

日曜のことだが,しもかぶりという天然きのこが手に入ったので,きのこ汁のうどん(うどんはもちろん手打ち)で食す.とてもおいしかった.日本人に生まれてよかった.しもかぶりという名前は,霜がでる頃という意味だろうか?父親はきのこを採れるが,私はその手ほどきを受けずに家をでてしまった.だから,きのこは全然分からない.子供にも教えることができない.大げさに言えば伝統が途絶えてしまったわけだ.便利になるのと引き換えに,こうして人類はどんどんバカになって行くのだろう.

明日の天気予報

北日本雨,前線の通過により寒気の流入.関東晴れまたは北東から湿った空気の流入により曇り,西日本は高気圧に覆われ晴れ.

ところで,高層天気図はその日の午前中9時のものであることに注意.今日は同じ時刻の天気図(JMA)と衛星画像も加える.

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2006年10月29日 (日)

里美牧場

昨日は星を見に行っていたので,帰宅が夜中になりました.息子がまた見に行きたいとしきりに言うので,では行こうと言うことになったのです.ことの発端は,今年の夏に自宅の庭でかろうじて見える夏の大三角形を教えているときでした.何度教えてもわからないというので「ばかだな~」と思っていましたが,実は目が悪かったのです.後日眼科で視力を検査してびっくり.ほんとダメな親です.でも「天の川が見たい」というので,それならば日本一暗い駒止峠へ連れて行ってやろうと思い,父と息子の真夜中のドライブとなったのでした.息子は天の川を見ることができました.そして,このときのことがよっぽど楽しかったらしく,また行きたいというのです.

駒止峠はさすがに遠いので,今回は県内の里美牧場にしました.ここも有数の星見スポットです.里美牧場には天文台があり一般公開しているというので,家族全員で行くことにしました.途中いのししに遭遇したり,四季桜を見たりと思いがけず楽しいドライブとなりました.ここのところ出張続きだったので,久しぶりの家族サービスです.天文台ではいろいろな星を見ることができました.そして温泉に入って夕飯を食べ,今度は私の望遠鏡を出す番です.ところがセッティングが終わったとたん曇ってしまいました.里美牧場には以前にも一人できたことがありますが,そのときもセットしたとたん曇ってしまいました.でも,今回はわずかに晴れたので,秋の星座をいくつか息子に教えることができました.それで良しとしましょう.

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2006年10月21日 (土)

あわわ

三日坊主になるところだ.今日は,いやもう昨日か,12時ごろの帰宅であった.妻は先に寝ていたが,起きてきてくれた.少しだけでも話ができると安心する.娘は遠足だったが,山のてっぺんの岩の上に乗ったきり怖くなって泣いちゃったんだって.かわいいね.

食事してお風呂に入ってようやくほっとした.さてと,何を書こうかな.そういえばさっきテレビに浅田次郎が出ていた.大好きな作家だ.いろいろな小説を読んだが,彼だけはとてもまねのできないような文を書くと思うことがときどきある.

「地下鉄に乗って」が映画化され明日から公開か.知らなかったな.この小説もとても好きだ.ラストでは大切な人と別れなければならなかった主人公に向かって友人がこう言うんだ.

「俺がおまじないしてやる。忘れろ、忘れろ、忘れろ-苦しみは片っぱしから忘れて行かないと、人間は生きちゃ行けない。ぜんぶ忘れれば、希望が残る。忘れろ、忘れろ」

我が家には家内と,子供たちとうさぎがいます.間違いなくその中心に私がいます.でも子供たちは大きくなればおとうちゃんとなんか話もしなくなり,ぐれることもあるかもしれない.退職したら家内に離婚届突きつけられたらどうしよう.こんな私がおとうちゃんでいいのか?

ただこれだけは自信を持って言える.自分は家族に支えられて生きているし,家族のためなら犠牲になることもできる.よく分からないがそれが家族なんだと思う.

おやすみなさい.

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2006年10月18日 (水)

どうしようもなく

数日前に大変なことをしでかしました.自分を取り戻すまで,日記を書いてみようと思う.この日記の読者は,将来の,私の大切な子供たち,最愛の家内,そしてどこかにいる”あなた”です.

家族を紹介しよう.家内は私のこのブログを見たら”バカじゃないの”と一蹴するだろう.始めてあったときから,もうずーと昔から一緒にいたような感じでした.息子は小4で,娘は年長です.二人はとても仲良しで,こんな親から何でこんな子が生まれたのかと思うぐらいしっかりした子達です.ちなみに私は家内から「くまちゃん」と呼ばれています(わたし4○歳ですが・・・).

今日は8時半ごろ帰宅しました.今度の日曜から学会があるので忙しいのです.食事をしてお風呂に入った後,一回だけの約束で息子とべえごまをしました.べえごまが今,我が家のブームなのです.4個ずつで勝負しましたがあっさりストレートで負けてしまいました.つ,強い!子供達はもう一回やろうとやろうといいましたが,「もう寝る時間だからだめだ」と言って終わりにしました.でも本当は,いちばんに,もう一回したかったのはおとうちゃんなのです.さ,これ書き終わったら仕事しなくちゃ.妻は煮詰まってるおとうちゃんをそっとしておいてくれます.いつもありがとう.

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